立ち向かう振りの妄想癖

読んだ本の感想を雑に放ります(ミステリ多め)。超不定期更新です。

『海と毒薬』 遠藤周作

内容(amazonより引用)

戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識"の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。

 

海と毒薬(新潮文庫)

 

感想(ネタバレなし)

これはねぇ......重いねぇ......。
第二次世界大戦末期に起きた実際の事件がインスパイア元だが、経緯や人物は完全にオリジナルらしい。
それにしては事に至るまでの空気や人の思考が生々しすぎる。

”お国の為”みたいな熱狂的な雰囲気に扇動されるわけでもなく、それをおためごかし程度の言い訳として、人道に反する行為がその重さ冴え判然としないまま為されてしまう。
薄ら寒い事この上ない。

一方で、本作の主人公とも言える勝呂は、現代の読者に比較的近い価値観を持っている。
作中で患者を救いたいという思いを持っていた、数少ない人物の勝呂。
そんな彼の心が、痛烈な一打を浴びて、ぽっきりと折れてしまうまでが嫌という程丁寧に描かれるので、読者の心もへし折られるだろう。
時代と環境さえ違ったなら、良いお医者さんになれたろうになぁ......。

みんな死ぬ、という元も子もない言葉が表すように、どんよりと暗い諦観が、常にそこで流れ続ける、重い小説だ。
しかし、人間の心理を子細に描くという点で、ここまで優れた作品もそうないだろう。
重厚だが読み易い文章や、先の展開へ興味を惹かせる巧みな構成からも、著者の尋常じゃない筆力の高さが伺えた。
他の作品にも手を伸ばしたいと思う。

 

評価:8点

2024/1/7 読了

 

補足:カテゴリーとしては文学作品にあたりますが、大衆小説としても読めると判断したため、点数を付けました。