立ち向かう振りの妄想癖

読んだ本の感想を雑に放ります(ミステリ多め)。超不定期更新です。

『スーツケースの半分は』 近藤文恵

内容(amazonより引用)

三十歳を目前にした真美は、フリーマーケットで青いスーツケースに一目惚れし、憧れのNYへの一人旅を決意する。出発直前、ある記憶が蘇り不安に襲われるが、鞄のポケットから見つけた一片のメッセージが背中を押してくれた。やがてその鞄は友人たちに手渡され、世界中を巡るうちに“幸運のスーツケース”と呼ばれるようになり……。人生の新たな一歩にエールを贈る小説集

 

 

感想(ネタバレなし)

旅をテーマとした連作短編集として完成度の高い作品.......ではあるものの、個人的にはいまひとつ。

各話のクオリティは良いのだ。
それぞれ思い悩む主人公が答えを見つけ、一歩踏み出すまでの道筋が丁寧に描かれている。

個人的に好きなのは「キッチンの椅子はふたつ」で、大学生の娘を持つ母が、我が子の巣立ちを受け入れた後のラストシーンで清々しい気持ちになった。

連作としての趣向も抜け目なく、各人の手に渡ったスーツケースに込められた思いを最終話で明かすことで、作品として綺麗なエンドマークを打ってみせている。

評価が高いのも納得できるが、個人的にはどうもモヤモヤした。
というのも、鼻持ちならない人物が多すぎる。
カタルシスを味わわせるにあたって必要なのは分かるものの、こうも不愉快の割合が多いんじゃ気が滅入る。

特に一話は、サラッと2ページくらいで語られる過去が深刻すぎて、旅どころではない。
イカに塩を振るつもりが、タバスコをぶちまけちゃったみたいなアンバランスさ。
旅自体も楽しそうな描写が少ないので、より一層それが強く感じられる。

素材も料理人の腕も良かっただけに、惜しいなぁ。

 

評価:6点

2024/2/18 読了

『地の糧』 ジッド (再読)

内容(amazonより引用)

君はすっかり読んでしまったら、この本を捨ててくれ給え。そして外へ出給え——。語り手は、青年ナタナエルに語りかける。「善か悪か懸念せずに愛すること」「賢者とはよろずのことに驚嘆する人を言う」「未来のうちに過去を再現しようと努めてはならぬ」。二十代のジッドが綴った本書は、欲望を肯定し情熱的に生きることを賛美する言葉の宝庫である。若者らの魂を揺さぶり続ける青春の書。

 

 

感想(ネタバレなし)

内容理解を深める為に再読。
相も変わらず分からぬ部分が多かったが、初読時と比べ大分咀嚼できたように思う。

ナタナエルは矢張り読者を指した言葉で、終始筆者であるジッドは読み手に自然の豊かさを記し、本の中に生まれない各自が持った感覚の重要性を訴えているのだろう。

『地の糧』が書かれたのは100年以上前であり、スマホは当然のこと、テレビもない。
故に己の足を動かして各地に赴き、自らの目で見なければ真実は分からなかったはずだ。

ジッドは濃醇な筆致で、旅先の花や建造物をスケッチする。当時の読者はそれに魅入られ、アマルフィの月浮かぶ海や、マルタの美しい庭園に思いを馳せたに違いない。
そして、最後のページでジッドから「私の本を棄ててくれ」という言葉を囁かれ、本を閉じたその手で玄関の扉を開き、街へ出る。
そこには片手だけで花の見た目から開花時期まで調べられる現代人には及びもつかない情熱が、確かにあったのだと思う。

 

評価:なし(文学作品のため)

2024/2/11 読了

『黒猫 ポー傑作選1 ゴシックホラー編』 エドガー・アラン・ポー

内容(amazonより引用)

「この猫が怖くてたまらない」

おとなしい動物愛好家の「私」は、酒に溺れすっかり人が変わり、可愛がっていた黒猫を虐め殺してしまう。やがて妻も手にかけ、遺体を地下室に隠すが…。戦慄の復讐譚「黒猫」他「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」「赤き死の仮面」といった傑作ゴシックホラーや代表的詩「大鴉」など14編を収録。英米文学研究の第一人者である訳者による解説やポー人物伝、年譜も掲載。
あらゆる文学を進化させた、世紀の天才ポーの怪異の世界を堪能できる新訳・傑作選!

 

 

感想(ネタバレなし)

恥ずかしながら読んだことのなかったポーに入門。

まず訳が自然で、海外小説に不慣れな人間にもやさしい。
舞台や題材から200年前という時代の隔たりは当然感じられるものの、各話の出来に古臭さはない。

冒頭、「赤き仮面の死」は、タイトルで想像できる現実のある病をモチーフとしたスリラー。
結末が実に耽美で、それまでピンと来ていなかった”ゴシックホラー”というジャンルへの理解が大幅に進んだ気がする。

また、代表作「大鴉」は詩であるものの、物語性が強いので、しっかり短編集の中に溶け込んでいる。
押韻を重視した原文に則っているらしく、声に出して読むと心地がいい。それと同時に、地の底のような暗さをベースに重ねられる「ありはせぬ」がカッコよすぎて、多感な時期に読んだら色々拗らせられただろうなぁ、と安堵するような、残念のような複雑な気持ちになった。

ともかく、精神の裏にある恐れを軸とした、良いホラー短編集だった。

巻末で語られるポーの人格破綻っぷりが一番ホラーなのは内緒だよ。

 

評価:7点

2024/2/9 読了

『妻のオンパレード』 森博嗣

内容(amazonより引用)

書下ろし人気エッセィ、ついにシリーズ第12作登場!

「楽園」とはどんな場所なのか?/
ついていないな、と思ったことはないが、運が良いなとは、いつも思う/
その人にとって満足できる金額を所有している人を「お金持ち」という/
AIは答えることしかできない ほか

 

 

感想(ネタバレなし)

毎年恒例の森エッセィ。買ったり買わなかったりなのだが、毎度の如く森節全開で、読んでいて落ち着く。

世間から離れている故の、冷静で理路整然とした観察がやはり見事で、特にSNSで散見される主張に対し、感情と意見の違いを説く項は、漫然と抱いていた違和感の正体が分かったようでスッキリした。

言葉の定義を問いただす話も相変わらず多く、細かい所を気にするなぁと半ば呆れつつ、自分がおろそかにしている言葉遣いもあって、襟を正さねばと思わせられた。
「ないです」は普通に使ってたなぁ.......。

そんなこんなでいつもの通りなのだが、ちょくちょく珍しい記述もあった。
奥様(当然敬称)であるスバル氏の鼻歌を聞いて機嫌が良くなるなんて、あの森博嗣の口から出るとは意外や意外。
買ってくれるファンへの感謝も何度か見られ、頬が緩む。

自由に生きる片手間で書かれたこのシリーズが好きだから、来年も読めたら嬉しい。
またね。

 

評価:7点

2024/2/8 読了

『滅びの前のシャングリラ』 凪良ゆう

内容(amazonより引用)

「明日死ねたら楽なのにとずっと夢見ていた。
なのに最期の最期になって、もう少し生きてみてもよかったと思っている」

「一ヶ月後、小惑星が衝突し、地球は滅びる」。学校でいじめを受ける友樹、人を殺したヤクザの信士、恋人から逃げ出した静香。そして――荒廃していく世界の中で、人生をうまく生きられなかった人びとは、最期の時までをどう過ごすのか。滅びゆく運命の中で、幸せについて問う傑作。

 

 

感想(ネタバレなし)

繊細なタッチで現代の価値観を鋭く刺す作家というのが、今までの凪良ゆうに抱く印象だった。
しかし本作は毛色が異なり、暴力とユーモアでガンガン進んで行く作風で面食らった。

人類が滅ぶことが決定している世界を描く小説、と聞いて浮かぶ伊坂の某作が小康状態にあったのに対し、本作はパニック真っ只中。
略奪は当然、死体が道に転がっているのも当たり前。
そんな地獄のような舞台で描かれるのが、愛や幸せというのが良い。
普通の世界では悲惨な日常を送ってきた人々が、この世の破滅の前に楽園を見つける。この形でしか成し得なかった幸福が胸を打つ。

そしてラストは、それまでの話とは違ったアプローチになるのだが、展開が最高すぎる。
こんな熱い物語、大好き以外ないぜ。
正直風呂敷を畳み切れていない部分も少なくないが、んなもんどうでも良くなるくらいの熱量に押し切られた。

善悪の矛盾、人の弱さと醜さを真っ向から捉えた上で歌われる、高らかな人間讃歌が魂を揺さぶる。
最後の一行にもめちゃ痺れて、当分余韻が抜けなそうだ。

 

評価:9点

2024/2/2 読了

『伊豆の踊子』 川端康成

内容(amazonより引用)

旧制高校生の「私」は、一人で伊豆を旅していた。途中、旅芸人の一行を見かけ、美しい踊子から目が離せなくなる。大きな瞳を輝かせ、花のように笑う踊子。彼女と親しくなりたい。だが、「私」は声をかけられない……。そんなとき、偶然にも芸人たちから話しかけられ、「私」と踊子との忘れられない旅が始まった――。

若き日の屈託と瑞瑞しい恋を描いた表題作。ほかに「温泉宿」「抒情歌」「禽獣」を収録。

 

 

感想(ネタバレなし)

作家と読者というものには相性があり、良いものは文章を読んでいるだけで代え難い心地良さを覚える。
どうやら、僕にとって川端は相性が頗る良い作家みたいだ。
繊細な言葉の連なりが、スッと脳裏に沁み込み、美しい情景を描く。

有名な表題作でそれが強く感じられた。
若さ故の鬱屈した感情を抱える青年が、踊子と出会い、互いに惹かれ合う中で自分を受け入れられるようになる。
その瑞々しさと、爽やかな読後感が堪らなく好きだ。

そして何よりも凄まじいのが「抒情歌」。
今は亡き思い人に女性が語り掛ける形式で綴られるのは壮大な生死観と、一つの夢。
主人公が備えた超常的な力が”あなた”と結びつき、離れる様が儚い。
”天上や来世にて同じ姿でまた逢うことを否定し、二人が花として生まれ変わり、結ばれることを願う”、その想念が途方もなく美しい。
これは人が書いたものなどではなく、何かの悪戯で天から零れてきたのではないか。そんな突拍子もない妄想をしてしまうくらい、圧巻だった。

あと、「禽獣」と「抒情歌」に寓喩を見出す三島の解説も逸品で、「ここまで優れた作品と優れた読解力を持つ人間のやり取りは、もはやテレパシーと相違ないな」と思ったことも書き残しておこう。

 

評価:なし(文学作品のため)

2024/1/29 読了

『尾崎放哉句集』(岩波文庫) 尾崎放哉

内容(岩波書店公式サイトより引用)

「咳をしても一人」尾崎放哉(1885-1926)は成績優秀で鳥取一中から一高,東京帝国大学法学部へ.しかし後半生は一転する.勤めは永続きせず,京都の一燈園,神戸の須磨寺など,各地を転々とした後,最後は小豆島の札所南郷庵に安住の地を見いだして句作三昧の生活を送り,数多くのファンを持つ優れた作品を遺した.

 

 

感想(ネタバレなし)

放哉と言えば、中学・高校時代に国語の授業に出てくる、山頭火と並んで自由律のなんかやべぇ奴、くらいの認識が主だろう。
僕もご多分に漏れず、その程度の認識だったが本書を読んで、句に刻まれた深い孤独に圧倒された。

句は時系列順に並んでいて、初めの方は意外なことに自由律ではない。
ある時を境に自由律へ移行する為、その変化が面白かった。

また、形式だけでなく題材も変わったものが多く、思わず笑うこともしばしば。
洗い物忘れてたわとか、そうめん煮すぎたとか、俳句にするようなことかと疑問に思いつつ、シュールなおかしみを感じる。
極め付きはこの句である。

”芋喰って生きて居るわれハ芋の化物”

ふざけとんのか。

そんな楽しい句の隣には、常に孤独がある。
肺を患い、死に近づく程に、孤独の色は暗さを増していく。

命が細る中で詠まれた

”入れものが無い両手で受ける”

は手の中の重みと温かさが伝う、美しい句だった。

俳句の知識なしに興味本位で読んでも楽しめるだろうし、巻末の「入庵雑記」や解説を通して放哉を知れば、より心に残るだろう。
僕はもっと放哉について知りたいと思ったので関連図書を漁るつもりだ。

 

評価:なし(文学作品のため)

2023/1/27 読了