立ち向かう振りの妄想癖

読んだ本の感想を雑に放ります(ミステリ多め)。超不定期更新です。

『小島』 小山田浩子

内容(amazonより引用)

絶対に無理はしないでください――。豪雨に見舞われた地区にボランティアとして赴いた〈私〉は、畑に流れこんだ泥を取り除く作業につく。その向こうでは、日よけ帽子をかぶった女性が花の世話をしていた。そこはまるで緑の小島のようで……。被災地支援で目にした光景を描いた表題作のほか、広島カープを題材にした3作など14篇を収録。欧米各国で翻訳され、世界が注目する作家の最新作品集。

 

 

感想(ネタバレなし)

う~ん、難しい。苦手な方の文学作品だった。

改行が極端に少なく、文の途中に別の思考が混ざったり、台詞が入ってくるのはとてもリアルで、新鮮な読み心地だったが、如何せん読みづらい。
内容も日常の出来事を限りなく事細かに書いたという感じで、捉えられぬままするっと手元から逃げていくようだった。

ただ、自分なりに飲み込めた話は、面白い。
例えば「ヒヨドリ」は子どもをもつことへの言い知れぬ不安が子細に描かれていてゾワッとしたし、河原に生えている木をなんでか持ち帰って食べてみるまでを描いた「土手の実」はシュールギャグめいていておもしろかった。

とはいえ、やっぱ合わんなぁ......と思っていたが、終わりの方に収録された”カープ三部作”がべらぼうに好みで、テンション上がった。
どれも野球ファンの難儀な生態が克明に文章化されており、(別球団だし、そこまで熱も上げてないけど)野球ファンである僕は何度も頷き、笑みを浮かべながら読んだ。
特に森下がすごい以外ぱっとしなかった的なことが書いてあるところでめっちゃ笑ってしまった。ありましたねぇ、そんな時期。
この3編を読めただけでも、手を伸ばした甲斐あった。

 

評価:なし(文学作品のため)

2024/1/23 読了

『砂の女』 阿部公房

内容(amazonより引用)

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。

 

 

感想(ネタバレなし)

海外からの評価も高い名作と聞けば尻込みしそうになるが、蓋を開けてみたら案外エンタメ的で、楽しめた。

導入の数ページで主人公の末路を明かす手法が巧く、一体なぜそうなったのかという興味で物語を牽引してくれる。
対して主人公が件の村を訪れる目的は飽くまで昆虫採集であり、非常に理知的なモノローグが淡々と流される。
勿論それだけで面白く、このノリで穴に閉じ込められても哲学的な問答を主軸に進むのだろうな、と予想していたら普通にブチギレ出して笑った。そりゃそうか。

穴の中での生活は苦そのものだし、彼に落ち度は全くないので心の底から同情する。
なのだが、それはそれとして理不尽に対する不平不満のキレが良く、某北海道の天パタレントがやっていた番組のような味がある。

外の世界への帰還を求めた彼の行く末は、皮肉なようであり、他方では人の希望を映し出すようでもあって、印象深かった。

文学的な切り口で、特異な状況での奮闘記が楽しめる良い作品だった。

 

評価:7点

2024/1/21 読了

 

補足:カテゴリーとしては文学作品にあたりますが、大衆小説としても読めると判断したため、点数を付けました。

『ミステリー・オーバードーズ』 白井智之

内容(amazonより引用)

探偵たちの集まった館で殺人事件が起きた。その晩、探偵たちの口にしたワインに幻覚剤が混入していたことで、事件は思わぬ方向へ転がっていく……。(ディテクティブ・オーバ―ドーズ)ほか“食”をテーマにした全5篇を収録。異世界転生からエログロ、本格ミステリーまで、唯一無二のミステリー作家・白井智之が美味しく調理した短編集。

 

 

感想(ネタバレなし)

白井智之は作風が本当にブレない。
トチ狂った世界観に異常な展開、そしてロジックへの偏執。
どれをとってもおかしい。

そのスタイルが色濃く出ているのが「げろがげり、げりがげろ」。
もうタイトルの時点で嫌な予感がプンプン漂っているし、案の定中身は最悪。
口と肛門が入れ替わった世界に転生するという、羨ましさの欠片もない悪夢のような異世界譚に、読者は食欲を失くすこと請け合い。
しかし歴とした本ミスであることは間違いなく、この趣向を活かし切った多重解決は歯ごたえ抜群。
「そりゃねぇだろ!」って言いたくなるようなトリックもあるんだけど、笑ったから許せちゃう。

「ディテクティブ・オーバードーズ」はエログロこそ控えめではあるものの、やはりイカレている。
探偵たちのラリッた手記が見どころで、その支離滅裂さに終始声を出して笑ってしまった。
これを素面で書いている人類が現世に存在するという事実に戦慄を禁じえないが、サイケな記述から堅牢なロジックを積み上げていく推理こそ、驚異そのものだ。

これらを”食をテーマにした短編集”と銘打っているのは明らかに食への冒涜だし、決して人に勧められない。
それでもやめられず、白井智之の作品に手を伸ばしてしまうアナタは、私と同じ、立派な中毒者でしょう。

 

評価:8点

2024/1/13 読了

『あの日の交換日記』 辻堂ゆめ

内容(中央公論新社公式サイトより引用)

交換日記、全部読みました。そして、思い出しました。嘘、殺人予告、そして告白……。大切な人のため綴った日記に秘められた真実とは?

 

 

感想(ネタバレなし)

教師と児童、母と息子のように、様々な関係のふたりが交換日記を介して心を通わせる連作短編集。

第一話から重い病を患った女の子の日々がリアルに描かれ、胸が苦しかった。
その不自由さがある故に、交換日記という存在が、彼女の大きな支えになっているのが良い。
物語に入り込み、純粋に治ってほしいと願ったところで、とある趣向が明かされ度肝を抜かれた。
......やるじゃない。

お初の作者だが、丹念な人間描写と冴えたトリック、そして最後に希望を示す作風は辻村深月を彷彿した。
中でも「加害者と被害者」は伏線の張り方が巧みすぎて、あまり注視していなかった己を恥じた。

最終回も凄い。
全話にまたがる趣向を明かし、全てが線で結ばれ、一つの関係に閉じていく。
見事というほかない。

手練手管が凝らされた秀逸なミステリでもあり、人のやさしさに満ちたハートウォーミングな物語でもある。
子どもから大人まで幅広く読まれてほしい作品だった。

とある理由で親近感も湧いたので、今後は贔屓の作家にしたい。一部地域の人が親しみを持つ名前だよね。

 

評価:8点

2024/1/11 読了

『海と毒薬』 遠藤周作

内容(amazonより引用)

戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識"の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。

 

海と毒薬(新潮文庫)

 

感想(ネタバレなし)

これはねぇ......重いねぇ......。
第二次世界大戦末期に起きた実際の事件がインスパイア元だが、経緯や人物は完全にオリジナルらしい。
それにしては事に至るまでの空気や人の思考が生々しすぎる。

”お国の為”みたいな熱狂的な雰囲気に扇動されるわけでもなく、それをおためごかし程度の言い訳として、人道に反する行為がその重さ冴え判然としないまま為されてしまう。
薄ら寒い事この上ない。

一方で、本作の主人公とも言える勝呂は、現代の読者に比較的近い価値観を持っている。
作中で患者を救いたいという思いを持っていた、数少ない人物の勝呂。
そんな彼の心が、痛烈な一打を浴びて、ぽっきりと折れてしまうまでが嫌という程丁寧に描かれるので、読者の心もへし折られるだろう。
時代と環境さえ違ったなら、良いお医者さんになれたろうになぁ......。

みんな死ぬ、という元も子もない言葉が表すように、どんよりと暗い諦観が、常にそこで流れ続ける、重い小説だ。
しかし、人間の心理を子細に描くという点で、ここまで優れた作品もそうないだろう。
重厚だが読み易い文章や、先の展開へ興味を惹かせる巧みな構成からも、著者の尋常じゃない筆力の高さが伺えた。
他の作品にも手を伸ばしたいと思う。

 

評価:8点

2024/1/7 読了

 

補足:カテゴリーとしては文学作品にあたりますが、大衆小説としても読めると判断したため、点数を付けました。

『喜嶋先生の静かな世界』 森博嗣

内容(amazonより引用)

文字を読むことが不得意で、勉強が大嫌いだった僕。大学4年のとき卒論のために配属された喜嶋研究室での出会いが、僕のその後の人生を大きく変えていく。寝食を忘れるほど没頭した研究、初めての恋、珠玉の喜嶋語録の数々。学問の深遠さと研究の純粋さを描いて、読む者に深く静かな感動を呼ぶ自伝的小説。

 

 

感想(ネタバレなし)

某大学の助教授だった作者の、ほぼ体験談で構成された(であろう)小説。
同じ理系の大学生からすると、共感できる点とどうしようもなく羨ましい点が多々あった。

学部生の卒研はほぼ先生が主導だとか、研究室は歳が下の人から順に早く帰るとか、やっぱりあるあるなんだなぁと知り少し安心。

研究の魅力に憑りつかれた主人公は、どんどんプログラミング言語と計算式の山に埋もれ、没頭していく訳だが、専門用語を極力省きつつ、研究する事そのものの面白みを伝えることに成功していると思う。

作品の象徴とも言える喜嶋先生の人物造形もユニークだ。
一見無感情だが、実はとてつもなくピュアというのが面白い。
その極致である沢村さんとの恋模様の突飛さには笑った。
モデルの人物が実在するのかが気になる。こんな人いないやろとは思うが、いてほしいな。

揺るぎない好奇心を持って、彼らは研究に心酔する。
社会から切り離され、象牙の塔と揶揄される事すらあるその世界は、僕の目にはやはり、痛く美しいものとして映った。
澄み切った世界の静けさを、少しでも味わえたらと願う。

 

評価:8点

2024/1/5 読了

2023年を振り返って

今年は普段手を出さないジャンルや作者の本に手を伸ばせた年だった。

とあるバンド、思い切って名前を出してしまえばヨルシカの、影響をガッツリ受けてそれまでは殆ど読んでこなかった文学作品をいくつか読んだ。
老人と海』、『アルジャーノンに花束を』は本当に読めて良かったと思う。
前者は人間の素晴らしさに触れられて感動したし、後者では人間の醜さを突きつけられて辛かった。
どちらも、名作という点で相違なし。実は得たものを失うという点で大筋が似ているのに、これまで抱く印象が違うのも興味深かった。(←両作のネタバレなので透過)


『地の糧』や『幸福な王子』なんかは、このきっかけがなければ一生読まなかったかもしれない。
そう考えると不思議な感慨があるし、出会いに人は変えられるのだなぁと少し悟ったようなことまで思ってしまう。

 

国内でも芥川龍之介三島由紀夫宮沢賢治と、名のある文豪の作品を読めて良かった。
もう遠い昔に亡くなっているからこそ、その人生自体が刻み込まれているようで、現役の作家を読むのとはまた違った味わいがあった。
特に宮沢賢治の崇高さは凄い。
誰かの役に立ちたいという純粋な気持ちが文章に滲み出ていて、本当に偉大な人だったことが察せられる。

 

もちろん、文学作品だけでなく、去年までと同様に大衆作品も多く読んだ。
ミステリで言えば『火蛾』『同姓同名』『蝉かえる』がベスト3かな(どれも今年の新刊じゃないけど)。
火蛾は(ほとんど読まないけど)幻想ミステリの一つの完成形だった。文庫の新品で買えるようになって本当に良かったと思う。
同姓同名はその名の通り期待通りの趣向で、予想を何回も裏切ってくれた。ミステリ御殿を建てる為に貯金を投げ打つような作家が書いただけあるぜ。
しかし何と言っても蝉かえるが一番。珠玉とも言える短編集。本格ミステリと人間描写をこれほどまで高いレベルで両立している作品は中々ないだろう。
あと早坂吝の『しおかぜ市(以下略)』もめちゃ良かった。早坂氏は大胆なことをしてくれるミステリ作家なので、今後も贔屓にしたい。

千載一遇の機会に購入へ踏み切った『堕天使拷問刑』を今年中に読めなかったのが今年最大の気がかり。
年始か、それが無理なら年度末あたりに読みたいが、余裕ないかも......。時間をくれーーー。

ミステリ外だと『スモールワールズ』が良かった。
人間心理を鋭く捉えつつ、根底では人の温かみが常に流れる。どちらも両立しなければ現れないような説得力があって、傑作だった。
著者である一穂ミチの作品はもっと読みたい。

来年は、心理的ハードルが下がった純文学を継続して読むことが目標。
具体的には梶井基次郎とか遠藤周作、阿部公房あたりを読もうかなと。
SFあたりにも手を出したいが、如何せん波長が合わないんよな~。
ミステリはまあ、意識しなくても読むでしょ。

あとノンフィクションも読む数を増やしたいと考えている。
識者の本を読めば、それが文学作品の補助線となり、より作品を深く理解できるだろうし。
講談社ブルーバックス等の科学書を読むのも面白そうだ。

今年のまとめはこんなところだろうか。
最後に、数字としての記録も残しておこう。

 

読了数:52冊

10点:3冊(5.7%)

  9点:8冊(15%)

  8点:12冊(23%)

  7点:14冊(27%)

  6点:4冊(8%)

  5点:1冊(2%)

  4点:0冊

  3点:0冊

  2点:0冊

  1点:0冊

  0点:0冊

なし:10冊(19%)

 

うーん、やっぱり全体的に高いな。
いい本と出会えているという意味では喜ばしいことだが、読書ブログとしては参考にならないのではと不安になる。

院試やら就活やら出張やらなんやらでクソ忙しい年に50冊を超えられたのは良かった。
我ながら上出来。

しかし、院生や社会人はこれ以上に忙しくなると思うと辛い。
どうにかして読書もブログも続けていきたいとは思っているが......、やっぱ高等遊民になるしかないのか。

あとこうして記事を振り返っていて感じたが、読書履歴を読み返すのにすげぇ便利だねこれ。
アクセス数は乾いた笑いが出る位に少ないけど、それでも続けられるモチベが見つかって良かった。
......それはそれとして、PVはもう少し増えてほしいね。

以上、終わり。
では、(読んでくれる方がいらっしゃるか知れたものではないが)みなさん良いお年を。