立ち向かう振りの妄想癖

読んだ本の感想を雑に放ります(ミステリ多め)。超不定期更新です。

『約束された移動』 小川洋子

内容(amazonより引用)

ハリウッド俳優Bの泊まった部屋からは、決まって一冊の本が抜き取られていた。
Bからの無言の合図を受け取る客室係……「約束された移動」。ダイアナ妃に魅了され、ダイアナ妃の服に真似た服を手作りし身にまとうバーバラと孫娘を描く……「ダイアナとバーバラ」。今日こそプロポーズをしようと出掛けた先で、見知らぬ老女に右腕をつかまれ、占領されたまま移動する羽目になった僕……「寄生」など、“移動する"物語6篇、傑作短篇集。

 

 

感想(ネタバレなし)

小川洋子は、かなり前に『博士の愛した数式』を読んだきりだったし、何ならその内容もほとんど忘れてしまった。
久しぶりの対面で、ようやくその素晴らしさに気づく。

文章が良く、静物の華美でなく、素朴な魅力を細かく拾っていて心地いい。
それ以上に凄いのは人間描写の繊細さだ。
「約束された移動」は、ホテルに泊まる俳優(今の言葉なら推しが適当か)の残す痕跡を追う客室係という構図が少し偏執的であるものの、俳優Bの断片的な情報から、彼だけが見ている世界を、少しだけ覗けるのが良い。

印象的なラストシーンの話が多く、中でも「ダイアナとバーバラ」の終わり方が完璧で、息を呑むほど美しかった。

連作ではないものの、テーマに統一性があるのも見逃せない点。
主人公である彼女たちは、病院の受付やスーパーの迷子係といった、多数の人に親切をわたす職に就いている。
そんな人々が、心の底より憧れる相手への感情は、ずっと一方通行だ。
その慕情が、最後に届けるべき人のもとへと届く。
静かな世界をわずかに共有すること。
その喜びがスッと心に沁みていくような作品だった。

 

評価:なし(文学作品のため)

2024/5/29 読了